神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1224号 判決 2000年1月28日
原告
西川良則
原告
岩田敏明
右両名訴訟代理人弁護士
野田底吾
右同
佐伯雄三
右同
小泉伸夫
被告
川崎製鉄株式会社
右代表者代表取締役
江本寛治
右訴訟代理人弁護士
大藤潔夫
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告らに対して平成八年二月一日付けでした「神戸総務部付甲南ゼネラルサービス株式会社出向」を命ずるとの職務命令がいずれも無効であることを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員である原告らが、被告から、平成八年二月一日に被告の関連会社に出向することを命じられたことについて、右各出向命令はいずれも無効であると主張し、被告に対してその無効確認を求めた事案である。
一 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、各項末尾掲記の証拠によって容易に認められる。
1 当事者
(一) 被告は、鉄鋼一貫メーカーであり、平成八年三月末現在、資本金二三九六億円余り、従業員数二万三一九〇人(社外への出向従業員九八〇六人を含む。)を擁する株式会社である。被告には、製造部門として千葉製鉄所、水島製鉄所、知多製造所、阪神製造所があったが、平成六年四月一日、職制改正によって阪神製造所が廃止され、阪神製造所葺合地区は水島製鉄所神戸工場となり、阪神製造所西宮地区は千葉製鉄所西宮工場となった(<証拠略>)。
(二) 原告西川良則(昭和二六年一月二五日生。以下「原告西川」という。)は、兵庫県立兵庫工業高校機械科を卒業後、昭和四四年三月一六日に被告に入社し、被告の阪神製造所葺合地区(平成六年四月に水島製鉄所神戸工場と呼称変更。以下「神戸工場」という。)電機部電機課、整備課、葺合保全課において勤務した後、昭和六三年四月から川鉄鉄構工業株式会社(平成六年七月に川鉄マシナリー株式会社と社名変更。以下「川鉄マシナリー」という。)に出向したが、勤務場所は神戸工場のままであった。原告西川の川鉄マシナリーにおける業務内容は、被告における業務内容と同様であったが、原告西川は川鉄マシナリーへの出向に反対の意思を表明していた。
原告岩田敏明(昭和二六年三月一七日生。以下「原告岩田」という。)は、尼崎市立尼崎産業高校機械科を卒業後、昭和四四年三月一六日に被告に入社し、神戸工場薄板課、表面処理課、機械課、整備課、葺合保全課において勤務した後、昭和六三年四月から川鉄マシナリーに出向したが、勤務場所は神戸工場のままであった。原告岩田の川鉄マシナリーにおける業務内容は、被告における業務内容と同様であったが、原告岩田は川鉄マシナリーへの出向に反対の意思を表明していた。
2 被告における出向に関する規定について
(一) 被告における平成六年四月一日付け就業規則(以下「本件就業規則」という。)の三九条には、「業務の都合により社員に担当業務の変更、会社他所・事業所への派遣、在勤、転勤、所・事業所内の転籍または国内他会社への出向、社外派遣または社外勤務もしくは海外勤務を命ずることがある。2 前項の場合においては社員は会社が正当と認める理由がなければこれを拒むことができない。3 出向社員の取扱いは別に定める出向社員規程による。」と定められている(<証拠略>)。
(二) 被告と川崎製鉄労働組合連合会(以下「川鉄労連」という。)との間で平成七年四月一日付けで締結された労働協約(以下「本件労働協約」という。)の三三条には、「会社は業務の都合により組合員に所、事業場間の派遣、在勤、転勤、所、事業場内の転籍または国内他会社への出向、社外派遣または社外勤務もしくは海外勤務を命ずることができる。2 出向社員の取扱は会社と川鉄労連が別に定める出向社員協定による。」と定められている。(ママ)(<証拠略>)。
(三) そして、被告と川鉄労連との間では、本件労働協約を受けて平成五年五月二八日付けの出向社員協定及び同日付けの出向社員協定に関する覚書が締結されている(以下、出向社員協定及び出向社員協定に関する覚書を併せて「本件出向協定」という。)。出向社員協定は、三条において「会社は組合員に出向を命ずるときは、次の各号に掲げる事項について組合員に説明する。1 出向予定期間、2 出向先の業務内容、3 出向先の就業諸条件、4 前各号のほか出向に関し必要な事項」と定めるほか、被告の命ずる出向が被告の社員としての地位を保有したままのいわゆる在籍出向であることを明示するとともに、出向が命じられた場合の出向先での服務、労働時間、休暇、賃金その他の労働条件を規定しており、出向先の年間所定労働時間に応じて出向手当を支給する旨を定め、さらに、出向社員協定に関する覚書は、休暇、賃金、労働時間について詳細に定めている(<証拠略>)。
3 原告らが甲南ゼネラルサービス株式会社へ出向するに至った経緯
(一) 被告が神戸工場の閉鎖を打ち出したことに伴い、川鉄マシナリーは神戸工場から撤退し、川鉄マシナリーの神戸地区と西宮地区は一本化して西宮地区に集約されることとなった。そこで、原告らは、西宮に異動するか否かにつき打診を受けたが、いずれも勤務場所の変更には応じられないとして断った。
同年一一月、川鉄マシナリー神戸地区は西宮地区に移転したが、原告らは、同月一日付けで川崎(ママ)マシナリーから被告に戻り、いずれも鉄鋼開発・生産本部水島製鉄所電磁鋼板部神戸製造課配属を命じられた。そして、平成七年一二月に同課が廃止されたことに伴い、原告らは、平成八年一月、神戸総務部配属となると同時に鉄鋼開発・生産本部水島製鉄所企画部企画室派遣となった。
(二) 被告は、平成八年一月八日、川崎製鉄阪神労働組合(以下「川鉄阪神労組」という。)に対し、甲南ゼネラルサービス株式会社(以下「甲南ゼネラルサービス」という。)への出向に関する協議を申し入れ、川鉄阪神労組は、翌九日に了承の機関決定を行った。これを受けて、被告は、翌一〇日から、原告らを含む対象社員に対し、甲南ゼネラルサービスへの出向に関する説明を開始した。
(三) 原告らは、平成八年二月一日、被告から、左記のとおりの条件による出向(以下「本件出向」という。)を命ぜられた(以下、右命令を「本件出向命令」という。)。
(1) 出向先
甲南ゼネラルサービス
(2) 出向の種別
在籍出向(出向期間中の被告における所属は神戸総務部付)
(3) 従事業務
緑化、清掃及び弁当配達業務等
(4) 基本給・一時金
被告の基準により被告が支給する。
(5) 所定就業時間
午前七時三〇分~午後四時五分午前八時~午後四時三五分
(いずれも休憩時間四五分)
(6) 年間休日
一一二日
(7) 年間総所定労働時間
一九八三時間
(8) 出向手当
年間一一万円
(四) 原告らは、本件出向命令に対して異議を留めた上で、平成八年二月一日から甲南ゼネラルサービスで勤務している。
(五) 甲南ゼネラルサービスの概況
(1) 本社所在地
神戸市東灘区魚崎浜町四三番一号
(2) 資本金
一〇〇〇万円
(3) 持株比率
川鉄ライフ株式会社 一〇〇パーセント
(4) 従業員
約一〇名
(5) 主たる業務内容
緑化、清掃、弁当配達業務
二 争点
本件出向命令は有効か否か
1 本件出向命令の法的根拠の有無
2 本件出向命令が人事権の濫用に当たるか否か
三 争点に関する原告の主張
本件出向命令は、以下のいずれの理由によっても無効である。
1 本件出向命令には法的根拠がない。
(一) 就業の場所及び従事すべき業務は、労働契約の締結に際して明示が要求されている重要な労働条件であり(労基法一五条、労基法規則五条一項一号)、労働契約の重要な要素である。出向により労務提供義務の給付先が変更され、当然に就業の場所及び従事すべき業務が変更されるのであるから、出向は労働契約の重要な要素を変更するものである。
したがって、出向を命ずる際には、当然のこととして当該労働者の同意が必要であり、民法六二五条一項はこの原則を確認したものである。
(二) 原告らは、本件出向命令について個別具体的な同意をしていない。
(三) 以下のいずれの理由によっても、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定の規定並びに川鉄阪神労組が本件出向を了承したことを原告らの同意に代えることはできない。
(1) 本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定の規定は現在のものであり、原告らが採用された昭和四四年当時においても、同様の規定があったかどうかは明らかではない。
(2) 本件就業規則の規定は、抽象的、一般的な定めであって、総体としての従業員に対する使用者の一般的な意思、意向表明を意味するにすぎず、個々の労働者の同意に代えることは許されない。
(3) 原告らは技能社員として被告に採用されたのであり、採用時に被告と原告らとの間で、今後も原告らを技能社員として処遇すべきものとの合意がなされたとみるべきである。
よって、本件出向のように原告らを技能職以外の職種の出向先に出向させる場合は、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定により原告らが包括的に同意しているとみることはできず、新たに原告の個別的同意が必要となると解すべきである。
(4) 出向は、一定の期間は別の使用者の指揮命令の下で仕事に従事するが、期間が過ぎれば元の使用者の下に復帰する制度であり、出向社員協定三条で出向予定期間を組合員に説明すべきことを定めているのも、出向が期間を区切って命じられるべきことを前提としているというべきである。
ところが、本件出向命令に際しては、出向予定期間の説明はなく、被告へ復帰する展望、見通しについても説明されなかったのであり、このような「出向」は、定年まで解かれないことを意味するから、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定で定める出向とは全く異質のものであって、これらの規定は本件出向命令の根拠にはならないというべきである。
(5) 労働協約の規範的効力は、集団的規律に委ねることが労働者の実質的な契約自由を保障することになると考えられる労働条件についてのみ認められるべきであり、個々の労働者の自己決定に委ねることが契約自由の理念から妥当な事項については、個々人の決定の自由が留保されるべきである。
就業の場所及び従事すべき業務の決定は、個々の労働者の自己決定すなわち労働契約を通してなされるべき事項であって、集団的決定である労働協約に委ねることが許される事項ではない。
したがって、出向について定めることは労働協約の本来の目的を大きく逸脱しており、本件労働協約及び本件出向命令に規範的効力はない。
(6) 被告における労働組合は、被告により支配されているのが実態であって、到底組合員の意見を公正に代表しているということはできず、執行部に反対する少数派の見解は全く反映されていないのであって、本来労働組合に期待されるような労働者の権利を擁護する役割を果たしてきたとはいえない。
被告から本件出向命令に関する提案を受けた際も、川鉄阪神労組は、組合員の間で十分な論議を尽くすことなく、出向対象者の意見を聞くこともせずに、すぐ翌日には右提案を了承し、原告らは、後に被告から本件出向命令について聞かされたものである。
よって、本件労働協約、本件出向協定及び川鉄阪神労組が本件出向を了承したことのいずれについても、規範的効力は認められない。
(四) 以上のとおり、本件出向命令には原告らの同意がなく、法的根拠がないから無効である。
2 本件出向命令は、人事権の濫用に当たる。
(一) 本件出向命令に業務上の必要性がないこと
(1) 被告の合理化政策の不当性
被告は、利潤追求のため事業規模を拡大する一方、大量の人員削減を中心とする「リストラ合理化」を進めてきた。被告は、大量人員削減の手段として、職場を丸ごと別会社化したり、関連会社などに出向させてきたが、それのみでは出向先の確保が困難となったことから、「職務開発」と称して、関連会社以外のあらゆる会社に労働者を出向させてきた。さらに、平成六年一〇月からは五六歳以上のグループ会社出向者を出向先に「移籍」(被告から退職させて出向先に転籍)させ、平成九年七月からは出向者の「移籍」年齢を五二歳に引下げ、約六〇〇〇人の労働者を「移籍」と称して被告から解雇している。
被告のこのような政策には、何らの合理性、必要性もない。
(2) 神戸工場閉鎖の不当性
被告は、神戸工場の閉鎖に伴って川鉄マシナリーが神戸から撤退することが決まり、原告らが余剰人員となったことから、原告らの雇用確保を目的として本件出向を命じたと主張する。
しかし、被告が神戸工場において従来の生産を続けていくことは十分可能であった。また、仮に鉄鋼製品の生産を水島製鉄所等に集約する必要性が認められたとしても、被告は、神戸工場の閉鎖を発表した際、跡地に新規事業等を誘致するなどして従業員の雇用を確保すると言明していたのであるから、その責任を果たす義務があったにもかかわらず、神戸工場の跡地を住宅地等として売却して膨大な利益を得たのであり、神戸工場の閉鎖には合理性がなく、本件出向命令も不当である。
(3) 原告らが従前の職務を続ける機会を放棄した事実はない。
原告らは、川鉄マシナリーの西宮への移転の際、原告らが西宮への転勤に応じなければ現在のような職場への出向の途しか残されていないとの説明は全く受けていないのであるから、西宮への転勤を拒否したことをもって従前の職務を続ける機会を放棄したということはできない。
(4) 甲南ゼネラルサービス設立の不当性
甲南ゼネラルサービスは、被告の関連会社である神戸企業株式会社及び神戸食品株式会社の業務と業務内容が重複し、何ら新たに創設する必要性がない会社であることからすると、他の従業員と一緒に就業させることが不都合であると判断した従業員を他から隔離するという被告の労務政策に基づいて設立された会社であるというべきである。
原告らは、被告から、被告の労務政策に従順でない人物として嫌悪され、他の従業員と一緒に稼働させることが不都合な人物との選別を受けていたのであって、本件出向命令が右選別に基づく隔離を目的とするものであることは明白である。
(5) 以上のとおりであり、本件出向命令は、表面的には原告らの雇用確保を図ったかのように取り繕われているものの、その本質においては被告の「リストラ合理化」及び原告らの隔離のための手段として用いられたものであり、業務上の必要性がないことは明らかである。
(二) 本件出向命令が原告らに著しい不利益を与えること
(1) 労働条件の悪化
本件出向により、原告らの年間休日は被告における一二一日より九日少ない一一二日となり、年間総所定労働時間は被告における一九〇九時間より七四時間長い一九八三時間となった。
賃金のうち業務付加給は、区分Ⅰから同Ⅱに変更され、被告における月額金一万五五〇〇円より金五〇〇〇円低い金一万〇五〇〇円となった。
また、本件出向により、原告らの通勤時間は、従来より片道一時間長くかかることになった。
(2) 業務内容の変更
原告らは、技能社員として被告に採用され、生産職の業務に従事してきたが、甲南ゼネラルサービスへの出向により、業務内容は、弁当配達、緑化清掃等となった。このような業務は、従来原告らが従事していた業務とは無縁のものであり、メンテナンス技能者として長年被告に貢献してきた原告らの誇りを大きく傷つけるものである。
また、本件出向命令を受けた時点で、原告西川は四五歳、原告岩田は四四歳であったが、従来の被告における扱いからしても、このような年齢の者に前記のような職種及び労働条件の出向先への出向命令がなされたことはない。
(三) 本件出向命令の手続上の瑕疵
(1) 被告から数回にわたり本件出向に関して説明があったことは認めるが、納得のいく説明はなく、被告の担当者は、「本件出向については問題も多いが出向に応じてくれ。」というだけであった。
(2) 前記(第二の三1(三)(4))のとおり、本件出向命令に当たって被告は原告らに対し、「出向予定期間」の説明をすべきところ、全くしなかった。
(四) 以上の諸事実を総合すると、被告の本件出向命令は、人事権の濫用として無効と解すべきものである。
四 争点に関する被告の主張
本件出向命令は、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定に基づいてなされたものであり、また、人事権の濫用にも当たらないので有効である。
1 本件出向命令の法的根拠について
被告は、原告らの個別具体的な同意が得られなければ出向を命じられないものではない。本件出向命令に際しては、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定により、あらかじめ包括的に原告らの同意を得ているものである。これらの規定は、昭和四四年当時の被告の就業規則にも存在していたに相違ないが、仮に存在していなかったとしても、現行の本件就業規則は、所定の手続を経て作成、施行され、規定の内容も不合理なものとはいえないから、原告らは本件就業規則の適用を受けると解すべきである。
また、原告らを含む計七名の甲南ゼネラルサービスへの出向については、前記「前提となる事実」3(二)記載のとおり事前に川鉄阪神労組による了承の機関決定を得ている。そして、右決定は、平成八年一月一〇日付けの労組ニュースによって組合員に周知されていた。
2 本件出向命令が人事権の濫用に当たるとの主張について
(一) 本件出向命令の業務上の必要性
(1) 被告の合理化政策の必要性
円高の定着と国際競争激化の中で、鋼材販売量及び価額の下落により被告の収益構造は悪化を来し、平成五年度には三二二億円、平成六年度には一八二億円もの経常損失を記録した。そこで、被告は、このような趨勢を乗り越えて、企業としての生き残りを図る経営施策として、「常識挑戦活動」、「新中期計画」等の合理化政策を実施していた。
(2) 神戸工場閉鎖の合理性
神戸工場は、近時の効率的一貫生産のための大規模設備を展開するには用地が手狭になってきていたが、大都市である神戸市のまっただ中に位置することからその拡大は望めないうえに、環境保全政策の意味においても限界に達してきていた。また、神戸工場は、大正六年に開設されたものであり、逐次設備を更新してきたとはいえ、全体的に見て老朽化してきていた。
前項記載のとおりの被告を取り巻く経済環境、経営実態の中で、老朽化した神戸工場の設備による生産では商品競争力を確保できなくなった珪素鋼製品の生産設備等を、大規模立地でありかつ最新鋭設備を擁する水島製鉄所に順次移管することは、経営政策上の判断として避けられない選択であり、神戸工場の閉鎖は合理性のあるものであった。
そして、被告は、神戸工場の合理化及び閉鎖に伴って生じた余裕人員の雇用確保について、希望退職及び整理解雇等の施策によることなく、水島製鉄所への転勤、雇用開発(被告のグループ会社への在籍出向)及び職務開発(被告のグループ外の企業、団体への在籍出向)によって図ったのであり、右の被告の施策は合理的なものというべきである。
(3) 原告らによる西宮への異動の拒否
原告らは、神戸工場閉鎖に伴って川鉄マシナリーが西宮に移転する際、勤務場所の変更を拒否しており、従前の職務を続けたいとの希望が実現される機会を自ら放棄した。原告らは、神戸工場の近くに位置する西宮工場への異動ですら拒否して川鉄マシナリーから被告に復帰したばかりであったのであるから、被告の他の工場、生産現場への転勤を受け入れるはずはなく、原告らに職場を確保しようとすれば、本件出向の途しかなかったのである。
(4) 甲南ゼネラルサービスの設立の必要性
被告は、原告らに対して、原告らの事情を考慮しつつ長期的かつ安定的な勤務先を確保するため、グループ会社以外への在籍出向等も含めて検討した結果、神戸市内に新規に甲南ゼネラルサービスを設立して、原告らの雇用確保を図ったものである。
(5) 以上のとおり、被告は、神戸工場の閉鎖に伴って川鉄マシナリーが西宮に移転する際、原告らに対して西宮への異動を打診したものの拒否されたため、原告らの雇用確保を図るために甲南ゼネラルサービスを設立して原告らに本件出向を命じたのであり、右の経過に照らすと本件出向命令には、業務上の必要性、合理性があった。
(二) 出向による不利益の程度について
(1) 労働条件の悪化について
原告らの出向中の賃金、勤務時間、勤務場所等の労働条件については、出向によって低下することのないように配慮されている。
甲南ゼネラルサービスの年間総所定労働時間一九八三時間は、雇用確保のために他の社員が在籍出向している会社との比較において、不当に長い労働時間というわけではない。原告らは、本件出向により年間総所定労働時間が七四時間増加したと主張するが誤りであり、実際は五九時間の増加である。
原告らの業務付加給以外の賃金は減少していない。また、被告は原告らに対し、出向に伴う補償措置として、年間一一万円の出向手当を支給しているから、出向前よりも年間五九時間多く就業しているとしても原告らにさほど不利益とならない。業務給Ⅱ職務付加給は、被告の賃金規則によって、従事する職務に応じて支払われる手当であり、出向先における同様の職務についても区分Ⅱを適用しているのであるから、出向に伴う労働条件の変更には当たらない。なお、川鉄阪神労組は、平成八年一月九日の機関決定に際して区分Ⅱの適用を了承した。
通勤時間については、神戸工場と甲南ゼネラルサービスを比較して一時間も長くなりはしない。神戸工場から勤務場所が変わって西宮地区まで通勤している従業員が多数存在することから見ても、この程度の通勤時間は合理的範疇である。
(2) 業務内容の変更について
原告らが入社した昭和四四年当時の被告の人事制度において、従業員の資格区分は、大学卒業者を中心とした事務技術等社員とそれ以外の者を中心とした技能社員の二区分とされていたところ、原告らは、被告に入社後、後者の区分に位置づけられたものであり、職種を限定した特殊技能工として採用されたものではない。原告らは、他の者と同様、一般従業員として被告に入社したものである。
原告らと同等又はそれ以下の年齢の社員で、原告らと同様に鉄鋼製造以外の職種に従事する出向社員は、相当数存在している。
(四) 本件出向命令の手続について
(1) 被告は、本件出向命令に先立ち、原告西川に対し四回、原告岩田に対し三回にわたって面接を実施し、原告らの主張を聴取する一方で、出向の背景、出向命令の妥当性、出向先会社の労働条件及び業務内容等につき繰り返し説明を行うとともに、原告らの出向拒否の主張に合理性がない旨説得した。
(2) 原告らに対して出向期間の説明がなかったのは、本件出向の時点で神戸工場が廃止となっており、神戸工場への復帰があり得ないため、出向期間を明示することが困難であったからである。本件出向命令は、被告及び出向先会社の経営状態及び要員状況、また、経済情勢及び雇用情勢等によっては、被告に復帰する可能性を含んでいたのであり、定年まで出向が解かれないとされていたわけではない。本件出向命令は、神戸工場の閉鎖に伴う余裕人員の雇用確保を希望退職及び整理解雇等の施策によらずに行うことを目的としてなされたのであり、このような実態をふまえれば、出向期間を明示できていなくても、十分に合理性を有していたものといわなければならない。原告らからも、出向期間に関する質問及び不満表明はなされなかった。
(五) 以上のとおりであり、被告の本件出向命令が不当であるということはできず、人事権の濫用にはあたらない。
第三当裁判所の判断
一 本件出向命令の法的根拠の有無について
使用者が労働者に対し出向を命ずるには、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠が必要であると解されるところ、原告らは、前記「前提となる事実」3(四)に記載のとおり本件出向命令に対して異議を留めているから、原告らの承諾があったということはできない。そこで、本件出向命令を法律上正当づける特段の根拠の有無につき以下判断する。
1(一) 本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定
本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定には、前記「前提となる事実」記載のとおりの規定がある。
(二) 被告における出向の従前の実例について
前記「前提となる事実」並びに証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告は、鉄鋼事業における徹底したコストダウンを図り、昭和六一年ころから「第一次五か年計画」、平成三年から「第二次五か年計面」と題する計画をそれぞれ打ち出し、その一環として、要員(鉄鋼製品を作るのに必要な人員)の大幅な削減を行うこととしたが、これにより生じた余剰人員については、出向によって雇用を確保することとしていた。また、被告は、平成七年一二月末に神戸工場を閉鎖したが、それに至るまでに順次神戸工場の従業員を転勤又は出向させていた。このような被告の施策の結果、平成八年三月末当時、被告の従業員二万三一九〇人中九八〇六人が被告の関連会社及び関連会社以外の会社に出向している状態となっていた。
(2) 被告は、右要員削減計画及び神戸工場閉鎖に伴う出向の計画について、順次川鉄労連及び川鉄阪神労組との間で協議していたが、川鉄労連及び川鉄阪神労組は、右要員削減計画について異議を述べておらず、神戸工場閉鎖に伴う出向については、事前説明を十分にすることを要請した上で了承していた。
(三) 被告と甲南ゼネラルサービスの関係について
前記「前提となる事実」並びに証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告らの本件出向先である甲南ゼネラルサービスは、平成八年に設立され、資本金が一〇〇〇万円であり、川鉄ライフ株式会社の一〇〇パーセント子会社である。そして、川鉄ライフ株式会社の五〇パーセントが被告の出資であり、残りは被告のグループ企業の出資である。原告を含む甲南ゼネラルサービスの設立当初の従業員七人はすべて被告神戸総務部からの出向社員であった。
(2) 川鉄阪神労組は、平成八年一月九日、被告に対し、原告らを含む七名の甲南ゼネラルサービスへの出向について事前説明を十分にすることを要望した上で了承した。
2 前項で認定した事実によれば、被告では昭和六〇年ころ以降、相当数の従業員が被告の関連会社又は関連会社以外の会社への出向命令に服しており、川鉄労連及び川鉄阪神労組もこれらの出向について異議を述べないか又は了承していたという実態があったこと、本件出向は、被告と密接な関係を有する会社への出向であり、川鉄阪神労組も本件出向について了承していたこと、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定には、出向についての詳細な規定があり、これらの規定の中で出向社員の利益に配慮がなされていたことが認められる。
右事情を考慮すると、被告は、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定の規定に基づき、原告らに対して出向を命ずる権限を有していたということができる。
3 原告らは、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定は本件出向命令の根拠となり得ないと主張するので、以下原告らの主張につき検討する。
(一) 原告らは、原告らが被告に入社した昭和四四年当時、被告に本件就業規則三九条のような規定が存在したか明らかではないと主張する。
確かに、本件全証拠によっても、昭和四四年当時被告に本件就業規則三九条のような規定が存在したかは明らかでないといわざるを得ない。
しかしながら、新たな就業規則の作成又は変更がなされた場合であっても、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであるところ、一般的にいって出向が不合理な制度であるということはできないし、本件就業規則三九条も前記のとおりのものであり、一般的な出向制度に比して特に労働者に不利益を課すものとは解されないから、右規定が不合理なものということはできず、被告は現行の本件就業規則三九条の適用を拒否することができないものといわなければならない。
(二) 原告らは、就業規則の規定は抽象的、一般的な定めであって、使用者の一般的な意思、意向表明を意味するにすぎないと主張する。
しかしながら、前記「前提となる事実」記載のとおり、被告においては、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及びそれらを受けて出向について詳細に定めた本件出向協定が存在し、昭和六〇年以降相当数の従業員が出向命令に服しており、川鉄労連及び川鉄阪神労組もこれに異議を述べていなかった実態があることなどの事実が認められることに照らすと、本件就業規則が使用者の一般的な意思、意向表明を意味するにすぎないと解することはできず、原告らの右主張は採用することができない。
(三) 原告らは、採用時に被告との間で今後も原告らを技能社員として処遇すべきものとの合意がなされたと見るべきであるから、本件出向について本件就業規則等の規定により原告らが包括的に同意しているとみることはできないと主張する。
しかしながら、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告らが被告の「技能社員募集」との求人案内に応じて被告に入社したことが認められるものの、このことのみから被告が採用後も原告らを一貫して技能社員として扱うことを約したと解することはできず、他に被告が右のように約した事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用できない。
(四) 原告らは、本件出向命令に際しては原告らに対して出向予定期間が説明されなかったから、本件出向は定年まで解かれないものであることを意味し、本件就業規則等に定められた出向とは全く異質のものであると主張する。
確かに、証拠(<人証略>)によれば、本件出向命令に先立ち、被告から原告らに対して出向予定期間の説明が明示的にはなされなかったことが認められる。
しかしながら、出向命令に際して明示的に出向予定期間の説明がなされなかった場合であっても、出向元又は出向先の事情等により社員が出向元に復帰することは十分あり得るのであるから、右説明が明示的になされなかったことのみをもって、当然に出向が定年まで解かれないことを意味すると解することはできない。本件出向についても同様であり、他に出向が定年まで解かれないことが予定されていたことを窺わせる事情は認められないから、本件出向が本件就業規則に定められた出向と全く異質のものであるとの原告らの主張は採用することができない。
(五) 原告らは、出向については個々の労働者の自己決定に委ねられるべきであり、労働協約により定めることはできないから、本件労働協約及び本件出向協定に規範的効力はないと主張する。
しかしながら、労働協約は、労働組合が組合員の意見を公正に代表して締結したと認められれば、特定の労働者に著しい不利益を課すなど著しく合理性を欠き、いわゆる協約自治の限界を超えるようなものでない限り、規範的効力を有し、個々の労働者の出向義務の根拠ともなると解するのが相当である。
この点に関し、原告らは、被告における労働組合は被告により支配されているから、本件労働協約及び本件出向協定は、組合員の意見を公正に代表して締結されたものとはいえないと主張し、これに沿う証拠(<証拠・人証略>)を提出する。
そこで検討するに、右証拠は、被告における労働組合が被告により支配されるようになったとする根拠として、被告が新しい人事制度(従来の年功賃金制から職能制度へ変更したこと)及び監督者制度(査定権者を上位のポストから現場の直接監督者、作業長に移したこと)を実施して労働者への個別管理を強めたこと並びに被告が労働組合の役員選挙に介入したことを挙げる。しかし、被告が右のような人事制度及び監督者制度を実施したことについては何ら不合理な点は認められず、また、被告が労働組合の役員選挙に介入したとの事実を裏付ける客観的証拠は見当たらない。
したがって、原告ら提出の右証拠(<証拠・人証略>)から直ちに被告による労働組合支配の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
4 以上のとおりであり、本件出向命令を法律上正当づける根拠として、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定が存在することが認められ、原告の同意のない本件出向命令は無効であるとの原告の主張は採用できない。
二 人事権の濫用の有無について
出向命令に法的根拠がある場合、それを発するか否かは、基本的には使用者の人事権の行使としてその裁量に委ねられるものである。
しかし、出向により、労働者に対する指揮命令権の主体が変更し、勤務先の変更に伴う労働条件の低下やキャリア、雇用についての不利益又は不安を生じる可能性があることに鑑みれば、出向命令の発令を恣意的に行うことは許されるべきではない。
よって、出向命令を発する業務上の必要性があるか否か、出向先の労働条件が大幅に低下するなど労働者に著しい不利益を与えるものでないかどうか、また出向対象者の人選が合理性を有するものであるか否か、出向の際の手続に関する労使間の取決めがある場合には右取決めを遵守しているか否かを総合的に判断して、出向命令が人事権の濫用に当たると解されるときには、当該出向命令は無効となると解すべきである。
そこで、本件出向命令が人事権の濫用に当たるか否かにつき以下判断する。
1 業務上の必要性について
(一) 神戸工場閉鎖の業務上の必要性
証拠(<証拠・人証略>)によれば、神戸工場閉鎖に至った経緯について次の事実が認められる。
(1) 被告の経常利益は、平成元年度には一〇三五億円余りであったが、日本経済の構造変化、急速な円高、国際競争の激化という厳しい経営環境の下で、被告の経常利益は平成四年度には七五億円余りに落ち込み、さらに、平成五年度には三二二億円余り、平成六年度には一八二億円余りの経常損失を計上した。
(2) 被告は、昭和六〇年ころ、被告の主力製品であった珪素鋼について、老朽化した神戸工場の設備による生産では商品競争力を確保できなくなったと判断し、神戸工場から水島製鉄所に珪素鋼生産設備を移管し、最新鋭設備により素材から製品までの一貫生産を行うこととした。
(3) まず、被告は、昭和六〇年一月、神戸工場の珪素鋼生産設備の水島製鉄所への移管を昭和六四年度末(平成二年三月末)に完了するとの計画を発表し、川鉄阪神労組に対しても右計画を説明した。川鉄阪神労組は、雇用を確保すること等を要望した上で、右の移管もやむを得ない措置であるとして了承した。
(4) しかし、珪素鋼生産設備の移管は大幅に遅れていたところ、被告は、前項のような被告の経営状態を考慮し、平成六年四月二五日、平成八年三月末に移管完了との予定を発表した。
(5) また、被告は、神戸工場における珪素鋼生産設備の移管と並行して、昭和六二年八月に形鋼の生産設備を、平成三年一二月には、表面処理鋼板のうち電気メッキ鋼板(EZ)の生産設備を停止した。そして、表面処理鋼板のうち残っていた塗装鋼板(ZK)の生産設備は、平成七年三月末に停止すると発表した。
(6) しかし、平成七年一月に発生した阪神・淡路大震災により、神戸工場の生産設備に甚大な被害を被ったため、被告は、僅かな期間のために生産設備を復旧することの不経済を避け、予定を繰り上げて塗装鋼板(ZK)の生産設備を同月に停止し、同年六月には、珪素鋼の生産設備を同年一二月に停止することを発表した。
右の事実によると、平成元年以降、被告は、経常利益の減少、さらには経常損失の発生という経営困難な状況にあって、鉄鋼事業における競争力強化のため、神戸工場の生産設備を水島製鉄所に移管して同製鉄所における最新鋭設備による一貫生産を図ったというのであり、川鉄阪神労組もこのことに理解を示していたことが認められるから、神戸工場の閉鎖は、企業経営の方針として合理性があり、業務上の必要性があったと認められる。
(二) 原告らの本件出向についての業務上の必要性
前記「前提となる事実」及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告らに本件出向命令が出されるに至った経緯につき次の事実が認められる。
(1) 被告神戸工場の閉鎖の決定に伴い、川鉄マシナリーは被告神戸工場から撤退し、川鉄マシナリーの神戸地区と西宮地区が一本化して西宮地区に集約されることになった。そこで、川鉄マシナリーは、原告らを含む従業員に対し、平成七年四月ころから同年七月ころの間、面接等において西宮への異動についての意向を聞いたが、原告らは、いずれも西宮に異動することにより通勤時間が長くなり、労働条件が低下することを理由に、異動を拒否する旨を表明した。そして、平成七年一〇月、川鉄マシナリーは従業員に対する西宮移転についての説明会を行い、川崎(ママ)マシナリーの神戸地区の西宮移転を正式に発表するとともに、従業員四〇ないし五〇名のうち原告らを含む三名の余剰人員については被告に復帰させると説明した。
(2) 被告は、川鉄マシナリーからの要望により原告らを受け入れ、平成七年一一月一日付けで原告らを鉄鋼開発・生産本部水島製鉄所電磁鋼板部神戸製造課に配属し、平成八年一月からは神戸総務部に配属した。
被告は、平成六年四月以降、神戸工場の閉鎖により生じることになっていた三二〇名(被告に在籍のままグループ会社に出向して神戸工場内で就業している者を含めると約四五〇名)の余剰人員の雇用先を出向により確保する計画を進めていた。そして、原告らについても雇用先を阪神間で確保すべくグループ企業内外の雇用先を模索したが、結局見つからなかった。そこで、被告は、被告の関連会社である川鉄ライフ株式会社の一〇〇パーセント出資による子会社として神戸市内に甲南ゼネラルサービスを設立し、原告らの雇用を確保することとした。
(3) そして、被告は、平成八年一月八日、川鉄阪神労組に対し、原告らを含む七名の従業員を甲南ゼネラルサービスへ出向させることについて協議を申し入れ、川鉄阪神労組は、翌九日、事前説明を十分に行うことを要望した上で了承の機関決定を行った。
被告は、平成八年二月一日付で原告らに対し、本件出向を命じた。
右の事実によると、被告は、被告神戸工場が閉鎖されること及び原告らが川鉄マシナリーでの面接において西宮への異動を拒否したことを前提に、原告らの雇用先を阪神間において確保するため、甲南ゼネラルサービスを設立して同社への出向を命じたというのであり、川鉄阪神労組もこのことに理解を示していたことが認められるから、本件出向命令は合理性があり、業務上の必要性があったと認められる。
(三) 原告らは、本件出向命令は業務上の必要性がないと主張するので、以下原告らの主張につき検討する。
(1) 原告らは、神戸工場において従来の生産を続けていくことは可能であり、神戸工場の閉鎖の必要性がなかったと主張するが、その具体的根拠を明らかにしておらず、前記(第三の二1(一))のとおり神戸工場の生産設備を水島製鉄所に移管して一貫生産を図ることにはそれなりの合理性が認められることに照らし、右主張は採用できない。
(2) 原告らは、被告が神戸工場跡地に新規事業等を誘致するなどして従業員の雇用確保を行うと約していたのにもかかわらず、これを覆したのであり、本件出向命令には業務上の必要性が認められないと主張する。
しかしながら、神戸工場閉鎖により生じた余剰人員につき、いかにして雇用を確保するかの判断は、その判断が著しく合理性を欠くなど特段の事情のない限り、被告の経営判断における裁量事項であるところ、出向により雇用確保を図ることにはそれなりの合理性があると認められる。また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告が川鉄阪神労組に対し、一時期神戸工場跡地に新規事業等を誘致するなどして従業員の雇用を確保したいと考えていると言明していたことが認められるものの、それを超えて、すべての従業員の雇用を神戸工場跡地での新事業によって確保することを約していたと認めることはできず、他にそれを認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は採用することができない。
(3) 原告らは、甲南ゼネラルサービスは神戸企業株式会社及び神戸食品株式会社と業務内容が重複するため、何ら新たに創設する必要性がなく、原告らを他の従業員と隔離するために設立された会社であると主張する。
しかし、前示のとおり原告らの雇用確保のために甲南ゼネラルサービスを設立する必要性は十分認められるのであり、原告らを他の従業員と隔離するために甲南ゼネラルサービスが設立されたとの原告らの主張を裏付ける証拠はなく、右主張は採用できない。
(四) 以上のとおり、本件出向命令には業務上の必要性が認められ、これに反する原告らの主張はいずれも採用することができない。
2 原告らの不利益の程度について
(一) 前記「前提となる事実」、証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件出向前の被告における勤務条件は、年間休日が一一七日、年間総所定労働時間は一九二四時間(七時間四五分×(三六五・二五日-一一七日))であった。そして、本件出向後の原告らの勤務条件は、年間休日が一一二日、年間総所定労働時間は一九八三時間(七時間五〇分×(三六五・二五-(ママ)一一二日))となった。
(2) 賃金については、本件出向の結果、業務付加給以外の賃金に変化はなく(一時間当たりの基準内賃金は原告西川が一九二九・九五六三円、原告岩田が一九七九・七五六七円である。)、業務付加給は区分がⅠからⅡに変わったことから月額金五〇〇〇円(年間金六万円)減少したが、出向手当として年間金一一万円が支給されることとなった。
(3) 原告らは、入社以来本件出向までほとんどの間、生産職に従事していたが、本件出向により、業務内容は弁当配達、緑化清掃となった。
(二) 原告らは、被告では年間休日一一七日間のほか、「年間労働時間を調整するための休日」が四日間あったと主張するが、本件労働協約六五条<3>、五一条には、一日当たりの労働時間が七時間四九分である一般勤務Ⅱ及び交代勤務Ⅱについて右休日を設けるとの規定があるが、一日当たりの勤務時間が七時間四五分である一般勤務Ⅰについて右休日を設けるとの規定がないことが認められること(<証拠略>)からすると、一般勤務Ⅰについては右休日が設けられていないことが認められ、これと異なる前提に立つ原告らの右主張は採用できない。
また、原告らは、本件出向により、原告らの通勤時間が片道一時間も長くかかることとなったと主張するが、これを裏付ける客観的証拠はないから、右主張は直ちに採用することができない。
(三) (一)で認定した事実によれば、本件出向によって原告らの年間総所定労働時間は五九時間長くなり(休日が五日間減少したことを含む。五九時間に一時間当たりの基準内賃金を乗ずると原告西川が一一万三八六七円、原告岩田が一一万六八〇五円となる。)、業務付加給が年間六万円減少したことになるが、他方で出向手当一一万円が支給されていることを考慮すると、本件出向により、原告らの労働条件が大幅に低下し、著しい不利益を受けているとまでは認められない。
また、本件出向により、原告らが入社以来従事していた業務内容と異なる業務に従事することになったことから、原告が不利益を受けたといえるとしても、神戸工場の閉鎖により原告らのそれまでの雇用先が喪失したこと及び原告らが川鉄マシナリーにおいて西宮への勤務場所の変更を拒否したことを考慮して、被告が甲南ゼネラルサービスを設立し原告らを出向させたという経緯その他第三の二1で認めた業務上の必要性を勘案すると、本件出向命令を無効とすべきほどの著しい不利益とは認められない。
3 本件出向の手続上の問題について
(一) 原告らは、被告が本件出向命令に先立ち、原告らに対して十分な説明を行わなかったと主張する。
(1) しかし、証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
原告西川に対しては、上司である山崎作業長から平成八年一月一〇日、同月一七日に本件出向命令についての説明がなされたが、原告西川は本件出向に応じなかった。そこで、当時千葉製鉄所総務部西宮総務課で勤務しており、阪神地区に出向している従業員の人事、労務管理をしていた福田哲也(以下「福田」という。)が、同月二二日に約三〇分間にわたって、原告西川と面談し、本件出向の必要性、出向後の業務内容、労働条件等について説明をしたが、原告西川は本件出向に応じなかった。福田は、さらに約二三日に約一時間、同月二六日に約一時間、同月三〇日に約五〇分間にわたって原告西川と面談して、説明を繰り返したが、結局原告西川は本件出向に応じなかった。
原告岩田に対しても、まず上司である山崎作業長から平成八年一月一〇日に本件出向命令についての説明がなされたが、原告岩田は本件出向に応じなかった。そこで、福田が同月二三日に約一時間にわたって原告岩田と面談し、本件出向の必要性、出向後の業務内容、労働条件等について説明をしたが、原告岩田は本件出向に応じなかった。その後も福田は、同月二九日に約四五分間、翌三〇日に約二〇分間にわたって原告岩田と面談し、説明を繰り返したが、結局原告岩田は本件出向に応じなかった。
(2) 右の事実によれば、被告は原告西川に対しては合計六回にわたり、原告岩田に対しては合計四回にわたって本件出向の必要性、出向後の業務内容、労働条件等についての説明を行ったというのであるから、被告が本件出向について十分説明を行わなかったとする原告らの主張は採用することができない。
(二) 原告らは、被告が本件出向命令に先立って出向予定期間の説明を行わなかったことから、本件出向の手続は出向社員協定三条に反すると主張する。
確かに前記(第三の一3(四))のとおり、本件出向命令に先立って原告らに対して出向予定期間の説明が行われていなかったことが認められる。
しかしながら、出向予定期間が明示されていないことから定年まで出向が解かれないことを意味するとはいえないこと(第二の一3(四))、本件出向の時点で神戸工場は廃止となっており、神戸工場への復帰があり得ないため、出向期間を明示することは困難であったこと(<人証略>)、本件出向が神戸工場閉鎖による余剰人員の雇用先を確保するという目的を有するものであったこと(第二の二1(二))、原告らに対して本件出向についての説明を行った際、原告らから出向期間が明示されていないことについて異議を述べられていないこと(<証拠・人証略>)に照らすと、出向予定期間が明示的に説明されなかったことのみから、本件出向命令が無効となるということはできない。
4 よって、本件出向命令が、人事権の濫用に当たり無効であるとの原告らの主張は採用することができず、その他本件全証拠によっても、本件出向命令が人事権の濫用に当たると窺わせるような事実を認めることはできない。
三 以上によれば、本件出向命令には法的根拠があり、人事権の濫用ということもできないから、これが無効であるとの原告らの主張は採用することができない。
第四結論
よって、原告らの本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 徳田園恵 裁判官 宮﨑朋紀)